2020.09.24
こんにちは。YRK&の中でイノベーション領域を専門に担うUCI Lab.の渡辺です。2020年9月、私たちUCI Lab.の実践を題材にした本が出版されることになりました。タイトルは「地道に取り組むイノベーション―人類学者と制度経済学者がみた現場」です。
※Amazonページリンク
https://www.amazon.co.jp/dp/4779515017/
※ナカニシヤ出版 HPの紹介ページリンク
http://www.nakanishiya.co.jp/book/b529983.html
上の見出しは、本の帯に記されたコピーです。
イノベーション・エージェントのUCI Lab.が題材とは言え、実はこの本は「人気コンサルタントがノウハウを惜しげも無く公開!」といった宣伝やマニュアルを意図したものではありません。
本書は、いわゆるビジネス書ではなく、学術書として書かれていて、そこに私たちUCI Lab.のスタンスがよくあらわれていると思います。
新しいモノやサービスが創られるまでのプロセスは、成功事例の振り返りやそこから抽出したモデルの形で公開されることが多いですが、そこに至るまでの試行錯誤の仔細については、あまり表に出ることもなく可視化されづらい領域です。
本書では、わかりやすいチャート化や箇条書きといった安易な結論に逃げることなく、UCI Lab.所長の渡辺隆史と比嘉夏子さん(北陸先端科学技術大学大学院 知識科学系 助教)と北川亘太さん(関西大学 経済学部 准教授)※執筆担当順 が、それぞれ異なる専門とUCI Lab.との関わり方から、今日のイノベーションの実践と仕組みについて、エスノグラフィックに(丹念で緻密に、参与しつつ中立的に)記述し、そこからまた対話的に思索していくことで、独自の結論にたどり着こうとした”探究の書”です。
イノベーションという言葉の響きからは,斬新で綿密な事業計画,カラフルなオフィスや活発なブレイン・ストーミング,何かが降りてくるような気づきの瞬間といった華やかで知的な印象がつきまとう。しかし,実際の現場でなされていることは,その都度訪れる新たな局面に対して,立ち止まって静かに思索し,ねばり強く対話を続ける地道な営みではないだろうか。本書では,そういった決して洗練されてはいない側面にこそ光を当ててみたい。(本書「まえがき」p.iiより)
いっけん華々しくも見える「イノベーションの現場」で、あえて「地道に取り組む」ことには、はたしていかなる意味をもつのでしょうか。
あるいは、本書がイノベーションのわかりやすい方法論化を目指さず、緻密に試行錯誤の過程を描くことには、どのような意義があるのでしょうか。
ここでは、イノベーションの「地道な営み」の一例として、私が第5章で取り上げた、ある商品のつくりこみのプロセスについてご紹介したいと思います。
遡ること8年前の夏、あるセグメントの女性に向けた新しい商品を探索するプロジェクトがあり、対象者9名への家庭訪問調査とデプスインタビュー調査を実施しました。この調査とその後のワークショップから商品コンセプト9案が生まれ、今度はアンケート調査を実施。最終的に、ターゲットの評価が高く社内技術との親和性も高かったコンセプトZの開発を進めることになりました。
これで私たちのプロジェクトは無事終了…とはなりません。
なぜなら、たとえ初期コンセプトの評価が高くても、実際に細目が検討され発売されるまでには無数の可能性と障害があるからです。
メーカーが製作した試作品を銀座の一室で対象者に試していただきながら、商品の仕様をつくり込んでいくプロセスを何度も繰り返して約2年半。その過程に大きな開発の分岐点がありました。
商品としてつくり込みを進めていくと、開発者は「完全なお悩み解決」を目指しがちです。この商品でも「その悩みを根本から解決する」まるで業務用のような本格的商品にする方向性と、「より手軽に使用いただき、日々の悩みを解消する」方向性という、2つの商品価値=仕様の選択肢が浮かび上がる瞬間がありました。
そこで私たち(UCI Lab.とメーカーのご担当者)は、ユーザーの「試作品を使ってみた評価」だけでなく、その方の日頃の生活環境や類似品/サービスを利用する声を丁寧に聴き、最終的にあえて「手軽に解決する商品」を選択しました。
それは、この商品が発売されたときに、対象者の生活の中でどのように利用され馴染んでいくかという視点で議論した結果でした。
ここで議論されているのは、メーカーの技術や事業計画にとって都合の良い解釈が入ったペルソナやCJM(カスタマー/コンシューマー・ジャーニー・マッピング)ではなく、一方でユーザーの声の通りに、マーケット・インで商品開発をしたわけでもありません。
生活者と実際に何度もやりとりをする対話した中で生まれたペルソナとCJM、そしてそこから立ち上げたちゃんと手応えのある商品コンセプトと要求仕様です。
このように、途中で「わかった」気にならずに、丁寧な対話で進めていく姿勢こそが、私たちが「地道に取り組む」という言葉に込めた想いです。
上記のような試行錯誤と意思決定を進めて行った結果、この商品は2015年に発売されて、当初の想定ターゲット関連の賞を受賞するほか、それ以外の方々にも幅広く受け入れられて、現在も息の長いヒット商品になっています。
(本書では、この他にUCI Lab.が携わった8つの事例が匿名化して登場しています)
ここでもう一度、冒頭の問いに戻ります。
いっけん華々しくも見える「イノベーションの現場」で、あえて「地道に取り組む」ことには、はたしていかなる意味をもつのでしょうか。
先に触れた事例もふまえて、第1部著者である私の見解です。
イノベーションを「消費」しないために
この10年ほどで、「イノベーション」という言葉は以前よりたくさん使われるようになりました。
そうして誰もがイノベーションを目指すなかで、「これからは問題解決より問いを見つける力だ!」「デザインを経営にも!」「いや、デザインよりアートだ!」といった、わかりやすい答え(っぽいもの)が次々に登場し消費され続けています。
でも私は、イノベーション自体を目的化して、その最短距離や確率を目指すのはちょっと違うと思うのです。
本書では、イノベーションを技術革新ではなく「ある商品・サービスで、従来の延長線上にない新しい価値が創造され、生活者に受け入れられること」と定義しています。
ユーザーの現場できちんと機能してこそイノベーションだとすれば、企業がひとりよがりに新しい価値を生み出すことはほぼ不可能です。かといって、生活者が既に答えを知っているわけではありません。そこには、生活者の現場と企業がもつ技術のあいだでの丁寧な対話が必要です。
なぜなら、イノベーションにはマークシートの試験のようにひとつ正解を選ぶのではなく、様々な対話を通じて徐々に正解をつくっていくことだからです。
そのような対話的協働によるイノベーション実現に向けたプロセスが、私たちが掲げるUCI(User Centered Innovation)というコンセプト。
まだわかっていないことに真摯に向き合い、新しい何かを生み出す。そのために、マニュアル化による量産や安直な結論に逃げない、あくまで生活者を起点にした価値創造のための、柔軟なプロジェクトを実践しています。
イノベーションという言葉はとても響きが良いので、事業会社が目標として唱えたりコンサルティング業務として掲げたりすることは容易いし、周辺に抽象的なカタカナを並べてスローガンにすれば高揚感さえ伴う。成果物として(狭義の)デザインの力を駆使して迫力あるプロトタイプや素敵な動画でプレゼンテーションすれば、その場にいる経営陣を感動させることもできるだろう。
しかし、私たちが目指しているもの、社会にとって意味があると信じているものは、ユーザーとクライアントとの丁寧な対話を通じて形になった、ユーザーを起点にした顧客体験の創造とその商品の実現にある。そのためには、決して確実に答えが出ることが保証されていないなかでプロジェクトを始め、最短距離かどうかもわからないルートで進めて、リフレーミングという、ときに内面的な変容の痛みを伴うプロセスがむしろ不可欠とさえいえるのではないか。(第1部 第1章 pp.47-48)
この本では、そのような個別のプロジェクトでの私たちの格闘、対話的に協働していく様子を、できるだけ包み隠さず公開しています。
本書やこのコラムをきっかけに、一人でも多くの方にそのような「挑戦的な試み」に共鳴していただき、新しい対話や地道な実践が始まることを心から願っています。
【補足】
UCI Lab.のnoteにて、まえがきを全文公開しています!ご興味ある方は、ぜひこちらもご覧ください。
※「まえがき」公開「地道に取り組むイノベーション」
https://note.com/ucilab/n/nb458b5d8e2a1