R&D
各業種の国内代表企業を対象にブランド力を評価分析した「ブランド戦略サーベイ2019」では、各業界のトップ企業がランキング上位数百社を占めています。そんなランキングの中で、認知度や市場シェアは小規模ながらも存在感を発揮している企業に注目。ガリバー企業がひしめく寡占市場で通用するブランド力を、どうやってつくっているのか。その成功要因を探ってみると、大きく2つの秘訣が見えてきました。
今回注目したのはビール飲料業界です。上位5社で国内シェアの約99%を占めるこの業界で異彩を放っているのが、クラフトビールメーカー「ヤッホーブルーイング」。まずは国内市場シェアとブランドランキングの順位から、ヤッホーブルーイングと上位メーカーを比較してみます。
それは、従業員の一挙手一投足が企業のブランド価値を高める最重要ファクターであるからです。直面する業績のためだけに働くことでは、モチベーションは上がらないばかりか、外部環境の変化に弱い企業になってしまいます。働く意味を明確化することで、従業員の能動性や自主性が高まりチャレンジする風土が生まれ、イノベーションが起きやすい企業体質になります。企業体質が変化することで、どんな環境変化にも左右されない企業の軸が生まれ、既存事業の成長や新事業の立ち上げなどインナーシナジーが創出されやすくなり、持続可能な成長の未来を描ける企業ブランドになります。
そこで、Great Place to Work® Institute Japanの2019年版 日本における「働きがいのある会社ランキング」をもとに、激動の現代に「従業員の働く意味」を明確化し、働き手から選ばれる企業の成功の秘訣を探っていきます。今回は、悩みを抱える日本の中小企業に向けて中規模・小規模ランキングに絞って考察しています。
【ブランド力測定項目ごとの順位〈コンシューマー編〉】
※「サントリー」はビール飲料事業を独立させていない企業のため除外。
※「オリオンビール」はランキング非対象のためデータ無し。
引用元:日経リサーチ「ブランド戦略サーベイ(2019年)」
<ブランド戦略サーベイ2019 調査実施概要>
調査時期:2019年6~7月
測定社数:コンシューマー編 日経リサーチ・提携協力会社インターネットモニター登録の全国16歳以上の一般個人(男女)
調査手法:インターネット調査
回答者数:コンシューマー編 1社につき約790人
調査主体:株式会社日経リサーチ
市場シェアの差に比例して、「認知度」では上位メーカーに圧倒的な差をつけられているヤッホーブルーイング。ところが差が縮まる項目があります。「価格プレミアム」と「満足度」です。
*価格プレミアム・・・「どの程度他の会社と価格の差があれば購入・利用したいと思いますか」の設問に「かなり高くても」「やや高くても」と回答した比率
*満足度・・・企業の製品・サービス利用経験者が、その満足度を「とても満足」「まあ満足」と回答した比率(満足度の回答者は利用経験者)
ヤッホーブルーイングの扱う商品は「よなよなエール」「インドの青鬼」「水曜日のネコ」「東京ブラック」「僕ビール、君ビール。」など、個性的なネーミングとパッケージのクラフトビールたち。上位メーカーに比べて少し高価格な設定でありながら、「価格差分を払ってでも飲みたい」という熱の高い消費者の存在が、このランキングから想像できます。それぞれの個性的なブランドが持つ味や世界観が、価格差以上に付加価値として感じられ、その満足度につながっているのではないでしょうか。
一見、奇抜さで目立ったことでの成功にも見えがちですが、寡占市場に風穴をあけて定着することを可能にした“弱者戦略”が明確に存在します。ブランド体系からこの戦略を見てみます。
店頭に並ぶビールブランドの多くは、サブブランド戦略で展開されています。サブブランド戦略とは、冠としての強力なブランド「マスターブランド」の下で複数の「サブブランド」を育てる戦略です。例えば、〈アサヒ〉というマスターブランドの下で、サブブランド〈アサヒ スーパードライ〉〈アサヒ スタイルフリー〉〈クリア アサヒ〉……と展開。パッケージでも「Asahi」のロゴが中心で目立つようつくられています。
このサブブランド戦略には、マスターブランドの保証下で個々のブランドの特徴をアピールできるという、大きなメリットがあります。なので、味・品質・満足感など、マスターブランドの信頼を最初から持った状態で多彩な商品を展開できるのです。一商品ごとに莫大な開発費・製造費・広告費を必要とするビール飲料業界とは相性のいい戦略で、非常によく利用されています。
これに対してヤッホーブルーイングはマルチブランド戦略をとっています。
マルチブランド戦略とは、個々のブランドを独立させて展開する戦略。ブランドごとに分散投資して一つひとつ育てる必要があり、マーケティング視点では非効率な側面も持ち合わせた戦略です。しかしヤッホーブルーイングは、敢えてマルチブランド体系で展開。「画一的な味しかなかった日本のビール市場にバラエティを提供し、新たなビール文化を創出する」という想いに則り、各商品ブランドを消費者の多彩な嗜好を満たすクラフトビールとして機能させました。
サブブランド戦略だとマスターブランドの知名度勝負になる部分も大きいので、もしもこのバラエティ豊かなビールを「ヤッホービール」などと銘打ってサブブランド体系で展開していたら、巨大なビールブランドの陰に隠れてしまい、現在のようにその個性が消費者に届かなかったかもしれません。ブランド体系の戦略をずらしたことにより、知名度以外で上位メーカーと勝負できる土俵が生まれたこと。これが、寡占市場で個性を発揮できた大きな要因だったと考えられます。
こうして、弱者戦略に基づくブランド体系づくりに成功したヤッホーブルーイングは、クラフトビールのトップブランドに。2014年にはそのブランド戦略やコミュニケーションのノウハウを求めたキリンビールと業務・資本提携を締結し、さらなる製造拡大を進めるようになります。
とはいえ、最初からこのマルチブランド戦略で順風満帆に成長できていたわけではありませんでした。成功のもう一つの秘訣として不可欠だったのが、ブランドの存在意義です。
ヤッホーブルーイングは1996年に創業。当初は地ビールの流行に乗って順調に売上を伸ばすも、ブームの終焉とともに売上が落ち続ける状況に直面します。2000年頃は在庫があふれ、一年以上かけてビールを排水溝に流すほどだったそうです。世間で「地ビールはおいしくない」「やっぱりこういうビールは日本では売れない」と言われていた逆風の中、ヤッホーブルーイングはもう一度、創業時に掲げた存在意義に立ち返ります。「個性豊かなビール文化を日本に根付かせたい」と。
どうしたら実現させられるかと考えていた時、顧客の大半が、本社や醸造所のあった長野に来たついでに飲んでいる人だということに気付きます。通販ショップも開店休業状態で、普段用に購入する人はほぼゼロ。つまり、ブランドの存在が「特別な場所でだけ飲む、物珍しい地ビール」になっていたのです。それではリピーターの獲得はもちろん、新しいビール文化を根付かせることなんてできません。そこで、「“夜な夜な”楽しんでもらうためのクラフトビール」へとブランドを再定義。コミュニケーション施策もそのブランド体験の場を重視した、“夜な夜な”楽しむ濃いファンづくりへと方向転換。赤字のイベントを繰り返してでも濃いファンを育てることにこだわり続け、遂には楽天市場のショップ・オブ・ザ・イヤーを10年連続受賞するまでになったのでした。
ヤッホーブルーイングの事例から、「明快なブランド定義」が強いブランド力の源であることがわかります。そしてこの定義が自分たちの存在意義に基づいているからこそ、上辺だけでない、本質的なブランド価値が消費者を巻き込んでいくのです。ここ数年でトップ企業たちが個性的なクラフトビールで市場進出を進めていますが、未だヤッホーブルーイングのポジションが揺るがないのは、遠回りそうで泥臭い道を通ってでも本質的で強いブランド力を磨き続けたからなのではないでしょうか。