2022.01.28
今回のコラムでは、サービス開発や新規事業立ち上げを行う上で必ず通る、「プロダクトアウト」と「マーケットイン」の各々の概念をブランディングの視点で考察したいと思います。
初めに解りやすくするため、少々強引ではありますが、このコラム内においては、以下のように二極化して話を進めてまいります。
私自身15年ぐらい前まで、プロダクトアウトをワルモノのように思っていた時期がありました。それは私の仕事がセールスプロモーションや広告宣伝の領域に軸足を置いていた時代です。セールスプロモーションや広告宣伝の仕事は、短期的に『たくさん売る』ことが求められます。
そして時折、クライアントからの要望として、市場性やターゲット、消費者インサイトなど、マーケットのことを置き去りにして開発され出来上がってきた商品やサービスに対して、『これくらい売りたい』と言われることがありました。
そんな時は「プロダクトアウトですね」と言いたくてもなかなか言えないものです。なので、内心、どうしたものかと知恵を絞って、いかにして短期的な目標(売上)に近づけるか悩んでいました。
どうしてプロダクトアウトをワルモノに思っていたかと言うと、当時の私の案件の関わり方として、対象物である製品やサービスが出来上がってからの関与になることが多く、その出来上がったものに対してプロダクトアウト起点か、それともマーケットイン起点かを、後で決めざるを得なかったのです。プロダクトアウト起点と判断したものは売りにくく、悩まされるものでした。結果『プロダクトアウト起点は売りにくい』と悩ましく思っていたのかもしれません。
このあたりに、セールスプロモーションや広告宣伝で関与するのか、事業戦略やブランド戦略の観点で関与するのかの違いがあるように思います。
現在、当社が事業コンサルティングやリブランドコンサルティングの仕事をするときには、まずは手持ちの札(コアノウハウ/人材/設備/費用/ネットワークなど)を見直して、どんな勝負ができるのかを考えるところから始まる、と言っても過言ではありません。そう思うと、「プロダクトアウト=自社起点」は決してワルモノではないと思えてくるのです。
では、新規事業を考える際に、マーケットインの考え方が先行する場合はどうでしょうか。マーケットインは、『失敗しない方法』として、優先される場合が多いのではないかと思います。新規事業の場合、多くの人・モノ・お金がかかります。そうすると、慎重にもなるし多くの売上げが必要にもなる。失敗は許されない。おのずと、市場規模は?ターゲットは誰だ?消費者インサイトは?となる。
ただ、ここで考えなければいけないのは、ロジックで導き出されたマーケットには、似たようなフォロワーがたくさん現れる可能性があるということ。一方で、予測しにくい世の中で、どれだけマーケットインの思考を突き詰めていっても、失敗しないという保証はどこにもないということ。(誰がナイキのゴルフギアビジネスがタイガーウッズのつまずきで事業撤退にまでなると予想したでしょうか?また、誰が液晶テレビの世界シェアの半数をサムスンとLGが独占していると予測したでしょうか?)
新規事業を立ち上げる場合、その業務に関わる方の熱量がとても大事になります。これがないと、どんな事業もうまく立ち上がりません。この場合、プロダクトアウト起点の方が熱量を保ちやすい傾向にあり、マーケットイン起点はその反対という傾向にあります。
これは、そのそもそもの性質によるところが大きく、プロダクトアウトは思い入れと担当者の情動・熱量が高い場合が多い。マーケットインは、客観性がベースにないと進まないので、どうしても熱量が維持しにくい環境になります。
また、マーケットインで参入するケースには大企業が多く、担当の方が「経営から指示を受けているから」とか、「人事異動で担当になりました」などという事情があったりするからなのかもしれません。
熱量をもって、プロアクトアウトで新規事業を立ち上げた有名な事例としては、アウトドア用品ブランドのSnow Peakでアパレル事業を立ち上げ軌道に乗せている、山井梨沙社長。そら植物園の事業を立ち上げた、西畠清順さん。この方々の著作物等を拝見していると、自分の中にある情動や熱量をベースに、プロダクトアウトで新規事業を立ち上げられ、事業構造やブランドを作りあげられた方々なのだと思います。
新規事業を始める際、立ち上がり方として幾つかのパターンがあると思います。
①のパターンは、かなりの確率で、周りの方に止められるかと思います。それだけ、成功の確率が低い。プロダクトアウトの中でも、己が着火点のパターン。
②のパターンは、ビジネスのポートフォリオのバランスを取りたい、資金があり今とは違う領域が必要、というような場合、自社のこれまでの文脈には関係なく、M&A的なアプローチで有望なマーケットに参入するという、客観性と分析がモノをいうパターン。
③のパターンは、選んだ領域は面白そうだし、やってみたい、我々の手持ちの札がこの領域なら活きるかも?のパターン。
④のパターンは、マーケットを分析してみたら、案外ここが空いていて、ココなら自社の強みが活きるのではないか?というパターン。
②と④は、失敗しないために事前に経費をかけられる場合が多く、一定以上の規模の企業に多いパターンかと思います。①と③は、なんか面白そうだから、なんかいけそうだから、という情動で始まる。そういう意味では中小企業か、大企業の場合は権限移譲がされている場合などに多いかと思います。
新規事業を立ち上げる際、まずは担当の方や企業様の「情動・熱量」が大前提として必要です。どんなに優れたマーケットインの考えであってもそれが起点では、我々の仕事として、面白みに欠けると思っています。
ただ、マーケットインの考えがまったく必要ないかというと、そうではありません。起点はプロダクトアウト、自社都合や自己都合の情動と熱量で始まるのですが、我々がお仕事をさせていただく際には、それにマーケティングの考え方を付加していきます。④の場合は、自社起点や情動・熱量を後から付加していくことが、余りにも難しい作業となるので望ましくないのです。
そして、これからの新規事業で必要になるのは、「社会的な意義(パーパス)」です。一見、プロダクトアウトと社会的な意義は水と油のように思えますが、そんなことはありません。担当の方の自己の情動や熱量を聞かせていただきながら、その背景を丁寧に紐解いていくと、社会的な意義に行きつくことが多くあります。
一方、マーケットインの側面からは骨太の社会的な意義は作られにくい感じがします。プロダクトアウトを貫く家電ブランド、バルミューダの寺尾玄社長は、ロックミュージシャンへの道をあきらめた後、オランダのデザイン誌を見て「自分もやってみたい、自分も負けない」と思い、プロダクトの世界に入られたとのこと。その後現在は、社会的な意義を以下のように掲げられています。「素晴らしい体験を Wonderful Experience For You.」
プロダクトアウトに始まり、マーケットインの考え方をプラスして情動や熱量、自社都合の中にあるストーリーを読み解いていく。そしてそれを、接する人々の心に届く形に仕立てていく。それが我々YRK&の仕事だと思っています。
優れたコアノウハウやブランドストーリーをお持ちなのに、それが今一つ、伝えたい人に正しく伝わっていないのではないか?製品やサービスに上手く変換できていないのではないか?
このズレを正すことが、我々が事業コンサルティング、リブランドコンサルティングを生業とさせていただいている本質です。新規事業を起こそうとして『これってプロダクトアウトだな』と思われたり、誰かに言われたりして『じゃ、もっとブルーオーシャンのマーケットを探してみよう』と、思考がぐるぐるとループされた方も多いのではないでしょうか。
でも、結局新規事業は、②のパターンを別にすると、手持ちの札で勝負するのが基本だと思うのです。
こうして考えていくと、プロダクトアウト(=自社起点)がしたくて、したくてたまらない(=内的衝動・情動・熱量)というのは、新規事業やリ・ブランディングに必要不可欠な要素だと思えるのです。
と言うわけで、「プロダクトアウトしたくて、したくてたまらない」逆に「マーケットインで失敗しないサービスを立ち上げたい」とお考えの新規事業を立ち上げたい企業の経営者様・新規事業担当者様・ブランドマネージャー様、それらに並ぶお立場の方、ご一報をお待ちしております。