2021.09.05
総合スポーツメーカーのミズノが企業ユニフォーム業界に参入し、事業成長していることを皆様はご存知でしょうか?
ミズノは約40年前から一部の企業でユニフォームの受注生産を始めました。そして、昨今の健康経営や働き方改革などの流れで企業の従業員への投資(職場環境の改善)需要が拡大している中、ミズノは2018年に法人企業向けアパレルビジネスに本格参入。「MIZUNO WORKING」ブランドを立ち上げ、様々な業種に向けて展開を拡大し、現在では700社以上の企業に採用されて、スポーツシーンで培ったテクノロジーと機能、そしてミズノブランドとしての「熱い想い」をワークシーンへ展開しています。
今回は、その事業成長の軌跡をミズノ株式会社ワークビジネス事業部の事業部長(対談当時)である中島雅利氏に、どのように事業をスケールさせ、どんな事業ビジョンをお持ちなのか?株式会社YRK&コンサルティング事業統括本部 執行役員の戸田 成人がお話を伺いました。
対談日:2021年9月3日
[戸田] おはようございます。今日は、ミズノ様が見事に新しい領域に踏み出された「ワークビジネス」と言う事業変革のお話をお伺いできることを楽しみにしていました。何卒、よろしくお願いいたします。
[中島] こちらこそ、よろしくお願いいたします。
[戸田] 総合スポーツメーカーで培われた最新の技術を応用して、企業ユニフォームの業界に踏み込まれたのはとても素晴らしい発想の転換だと思うのですが、社内では事業としてスタートするまでに色々なご苦労があったのではないかと思います。まずは、このビジネスに参入するに至ったのは、どういった経緯だったのでしょうか?
[中島] ある企業様と野球の実業団チームで繋がりがあり、相談が入ったんです。「試合のユニフォームだけでなく、会社の制服もできないか? ミズノさんならできるのでは?」と。専門部門ができたのは97年ですが、それよりもっと以前の話です。営業担当レベルでのご相談で特別に作ってみたのが始まりと聞いています。その後はご依頼があった時だけ作ってきましたが、やがてそれが徐々に増えて事業として本格的に行うようになりました。
[戸田] なるほど、社内でアイデアが突然出てきたと言うより、お客様のニーズから、それにお応えしてみよう!というミズノさんの行動力からスタートされているんですね。
いまでは、どんなタイミングで企業様からご依頼をいただくことが多いのですか?
[中島] 企業の周年、合併など節目のタイミングが多いですね。ミズノからご提案する場合もあるし、オファーいただく場合もあります。「今のデザインを踏襲した場合どんなものができますか?」「こんなアイテムは作れますか?」など様々なご要望があり、材料まで指定される場合も。大体先ず見積もりとデザインを提出して、サンプルを作ります。その際は、トップアスリートのユニフォーム作りと同様に、着用する社員の皆様への綿密なヒアリングとモニタリングを繰り返し、あらゆるミズノの最新技術を投入し、ご満足いただける一着に仕上げることで「動きやすさ」「快適さ」を追求します。
[戸田] サンプルを作って、社員の皆さんに試していただくとなると、やはり本当に機能するものでないと評価が揺れますね。しかし、そこまで労力をかけて丁寧にやられているとは知りませんでした。ミズノ様には沢山の導入事例がありますが、お客様のニーズは様々ですし、納品までの裏側は相当なご苦労がありそうですね。
[中島] 採用から物をつくるまでに半年程かかります。仕込みから入れると5年くらいかかる場合も。その間、弊社も先方も担当が変わることもある。せっかく人間関係がうまくいっていたのにそこが変わると劣勢になったりするので、担当の人とのマッチングやパイプの太さもきちんと構築しなくてはいけない。人脈と物の両方が必要なビジネスですね。
[戸田] 一人ひとりタイプの違うアスリートに、一人ひとり完璧に向き合うミズノさんのスタイルが現れている気がしますね。アスリートのフィジカル面はもちろん重要ですが、メンタル面に寄り添うことの重要性は、我々素人が見ていても分かります。それは、相手が企業であっても同じ。トップアスリートを支える御社の軸のようなものを感じます。
[戸田] さて、少し商品の話に踏み込みますが、ユニフォームの導入事例からコメントを拝見していると、シワにならない、ストレッチ性が高い、軽い、など、企業様からの評価がやはりとても高いですね。
[中島] 素材感でストレッチさせることはミズノ以外でもできますが、ヒトの体の動きやすさを追求するという、スポーツをやってきたミズノの115年分の技術が応用されており、一番ノウハウがある部分だと考えています。
例えば「ダイナモーションフィット」のような、人の動きや解剖学的なところから生み出したパターン技術が入っています。腕を上げるような作業でも裾が上にめくり上がらない、細身なユニフォームだけどそれが実現できている。昔ながらのウエアは袖の下のあたりなどが大きくてあがってしまうことがありますが、スポーツで培ってきた技術が投入されると、このあたりが改善されます。
[戸田] なるほど、それぞれのワークシーンには、それぞれの動きがあって、それらに一つずつスポーツの技術が組み合わされて応用されているのですね。働く側としてこれらの機能が搭載されているのは、かなり満足感が高いですし、モチベーションもあがりますね。普段はアスリートにも適用されている技術ですから。
[戸田] ウエア以外にもシューズもありますが、そこはどうなんでしょう?
[中島] シューズにおいてもそれぞれのワークシーンに貢献しており「1日履いても疲れない」というご意見を多くいただいています。ある飲料メーカー様で大学と連携して調べてみると、既存のシューズとミズノのシューズを同じ人が履いて歩くとそれぞれ歩幅が違うことがわかりました。ミズノのシューズを履くと、1日に何千歩と歩く人の歩幅が広くなり、結果歩数が減っているということです。
[中島] また、自販機に飲料を詰める作業を動作解析したこともあります。どの部位にどれだけの負荷がかかっているかを調べる為、筋電図をとり(※どれだけ筋肉を使っているかを数値化できる)、その負荷を軽減する為「バイオギアタイツ」を提案しました。履いている時と履いていない時を比べ、筋肉への負荷を合わせて調査し、負荷がどう軽減させられたかを科学的に解明しています。実は、こういった話はスポーツの方では当たり前なんですよ。動作解析をしてアスリートの動きを調べ、パフォーマンスを上げる為のユニフォームを提案する。
水泳やサッカーでやっていることをワークの世界でも応用して、より説得力があるものを作っていきたいですし、それができるのはミズノならではだと考えています。
[戸田] 「ポケットが良い位置についている」といった喜びのお声もよく出てきますが、これには何か喜んでもらえる機能を発明する秘訣があるのですか?
[中島] とにかく徹底的にヒアリングを重ねています。その企業様の業務工程に必要なユニフォーム機能をできるだけ多く投入してカスタマイズ生産しているので、ご満足頂いているんだと思います。既存ユニフォームの問題点は、担当窓口まであがってきている情報もあればそうでないものもあるので、しっかり現場ヒアリング、モニタリングをさせてもらうように心掛けています。そしてブラッシュアップしていくんです。「ミズノのやつ、良いね。」と言われるとうれしくてニンマリします。
[戸田] 目指すべきは、すべてデータを起点とした開発ということになりそうですね。職場環境で発生する動きをすべて定量的にデータにし、品質につなげる。お伺いしていると、近いところまでは実現できていますね。
[中島] まだすべてに応用することは難しいですが、業種ごとに解決していくつもりです。大手スーパーの倉庫作業で実際にミズノのシューズをはいてもらったら離職率がさがったというお声も頂いています。体力的に負荷のかかる職場で、離職率が高いワーク環境をミズノとしては少しでも減らしていきたいですね。
[戸田] そう考えるとワークの世界は夢がありますね、職場によってそれぞれ違う動きや負荷があって、それを技術と想いで解決していく。結果として日本中の働く人たちを支えられる。ニッチなスポーツであっても、種目を超えて全てのスポーツを支えているミズノさんだからこその志ですね。本当に素晴らしいビジョンだと思います。
[中島] そうですね、総合スポーツメーカーだからこその共通点です。野球をやっている人、サッカーをやっている人のニーズやマインドは異なる。屋外の種目、屋内の種目、それぐらい違います。種目に限らず年齢層に即しても商品を変えることも重要です。ひとつの種目でもご高齢の方にはこのサポート機能、若手にはこれ、などありますよね。特にサービス業では高齢化がすすみ、怪我される人が増えているので、改善したいというお悩みは多いです。企業ユニフォームは単なるユニフォーム(見え感)でなく、「労働環境そのもの」です。機能性の高いものに変更する事で快適になる=作業効率があがる=パフォーマンスがあがる。こういった循環を生み出すのが、ミズノのワークウエアです。
[戸田] 今年の東京オリンピックを見ていて、ミズノさんは本当にニッチな分野まで全種目携わっておられて驚きました。全てに全力で対応するその精神が、ご要望にお応えした話につながっていますね。
[中島] 本当の意味で総合スポーツメーカーであるために、ミズノではメジャー競技ではないものもメジャー種目と同じように力を入れています。協会から頼まれるケースも多く、困っておられるのであればとことん力になりたい。そういう会社、そういう血が流れているんです。
[戸田] 「社会的意義」に踏み込んでいるお仕事ですね。ミズノさんの「熱い想い」を強く感じますし、それがワークビジネスをここまで大きくし、ユニフォームの品質をここまで高めているのですね。
[戸田] 自分が就職する立場だとして、その会社がそこまで考えて作られているウエアを起用していると思うと、この会社に入って良かった!と思いますよね。現場で働く人たちへの配慮に、ここまでの投資をしてくれるんだと感じると、本当にとてもモチベーションが上がる。
[中島] リクルーティングで若い人材に入社して欲しいという企業様には、昔ながらの作業服じゃなくて、スポーティなものにしたいという意図があります。「ミズノと創りました」ということも含めてプレスリリースを出される企業様は最近多くなってきました。また、コーポレートカラーやブランドロゴなどが入ると、それを着用することで会社への帰属意識が上がり、社員のエンゲージメントが向上しているというお声も頂きます。過酷な環境で働かれている方を機能的側面で支えるだけでなく、精神的側面でもサポートができているのではと感じています。
[戸田] YRK&でも、企業価値を高めるコーポレートブランディングの仕事は多いのですが、社員の会社に対する愛着心や思い入れが強い企業は、対外的なブランド価値の指数も比例して高い傾向にあります。当然といえば当然なのですが、海外でも社員が会社のブランドを大好きであることは、ブランディングにおいてはとても重視されています。また、今はできていなくても、それをきちんと体現しようとしている企業は、コーポレートブランディングそのものが成功しやすい傾向もあり、売上や利益率が高い会社よりも、そういった求心力のある企業の方が強い会社であるという実感もあります。
[中島] どこの企業も企業価値そのものを上げていくことに力を入れておられるので、職場環境に気を配り、働きやすい環境を創ることを意識されている企業は、社員のみならずステークホルダーにとっても、とても良い会社なんだと思います。
[戸田] そうですね。本社の「オフィス環境」の改善や、テレワーク環境を整えることで、業務生産性を上げる企業が増えてきていますが、「ユニフォーム」は会社の「オフィス環境」よりも重要なファクターで、そこが見落とされがちかもしれない。「ユニフォーム」は「職場環境全体」の改善の一部として捉える必要がありますね。改めて重要性を知りました。
[中島] 仰るとおりです。またミズノはプログラム(ながら運動、ヨガ etc.)も企業へ提供しており、ハード・ソフトを両軸でご提案しています。最近では空いたスペースに健康器具や人工芝を置く企業様も増えてきていますので、ニーズは今後も高まるかと。企業の社員様に健康を提供し、それにより生産性が向上する。これをミズノ全体の事業で総合的にサポートしていくことが可能です。ユニフォームを変えるだけでなく「働く環境を変えよう」と思った時に、ミズノを思い出していただけたら嬉しいです。
[戸田] 最後に、ユニフォーム制作において最も大変なことはなんでしょうか?
[中島] 納期ですね。良いものを作ろうと思うと、どうしても納期がずれていきやすい。良いものを作りたいが故の苦しみです。先方も社内稟議を通す中でスケジュールがずれていったり、スペックが全て決まっていても最終トップの意向で急に変わることもある。先方も良いものにしたい、ミズノとしても何とか応えたい、結果的に納品ギリギリになることが多いです。特に周年事業など、納品日が絶対にずらせない場合、何とかする!という精神があります。スポーツの世界も同じです。選手の試合当日までには、絶対に間に合わせないと、試合で戦えませんからね。
[戸田] とてもミズノさんらしいクオリティですね。スポーツ選手に対しても働く人に対してもサービス提供精神が根底では同じなんですね。試合スタートの日に、完璧に間に合わせ、心を一つにする。ビジネスも同じですよね。
[中島] 結局は人と人、頑張っている人に対してサポートしたい。これはミズノのDNAです。昨年確立させた「MIZUNO WORKING」のブランドステートメントも考え方は同じです。「一人ひとりを、今日も主役に。」。これはミズノが「誰に対して、何をするのか」を表している言葉と言えます。外向けに派手なことをするのではなく、「社員さん一人一人に対して、丁寧に課題を解決していく」という意志。日々働いている方々に対して親身にやっているという想いです。これまでの技術や知見を活かし、そのようなご提案をこれからも心掛けていきます。
[戸田] 技術は当然ながら「熱い想い」がミズノさんらしいです。事業の生い立ちもそう、お客様に喜んでもらいたい一心で、何とかできないか?から始まった。ミズノさんの文化であり他社がマネできないところだと感じます。まさに、ミズノのDNAが生み出した競争力ですね。本日は貴重なお話、ありがとうございました。
ミズノ株式会社
ワークビジネス事業部 事業部長(対談当時)
中島 雅利
1989年ミズノ株式会社入社。スポーツプロモーション部門にて、陸上競技のトップアスリート・チームのサポートに従事。2002年にはアパレルプロダクト部門で競技・マルチトレーニングアパレルの企画・開発に携わる。2019年ワークビジネス事業部発足と同時に企画マーケティング部の責任者として着任。現在は、発足3年目を迎えるワークビジネス事業部の事業部長として従事。様々な環境で働かれている方々に、新たな商品・サービスを提供し、笑顔になっていただけるよう事業を推進している。
株式会社YRK and
執行役員 / CBO 兼 事業コンサルティング本部統括
ブランディングストラテジスト
戸田 成人
2008年株式会社YRK and入社。広告会社にて大手飲科·食品メーカー、通信会社、アパレルメーカーなど、主にメーカーブランドのストラテジー、及びクリエイティブを担当。現在はコンサルティング事業執行役員 兼CBO。ブランディングに特化したストラテジスト、クリエイティブディレクターとして活動。インナーブランディング領域までを行うCX支援や、イノベーション支援も行い、事業再生にコミットした持続可能なリブランディングを提供します。
事業の変革を通じて、様々な危機を乗り越え、時代の牽引者となった、企業家・経営者様に焦点を当てたプロフェッショナル同士の対談記事です。
過酷な経営者業を生き抜くための、事業変革やリブランディングのヒントになれば幸いです。